宴の後に残るもの
酔いの倦怠、火照る身体、食い荒らされた血と肉と。
――――― それから?
赤の宴 。
「―――――宴でなにが嫌だって、そりゃあれだよな?
野郎共はうるせぇし、女は品がなくなるし、何よりあれだ。酒癖の悪い奴!
笑い上戸に泣き上戸。これはまあ良いとして、酔ってからむ奴ってのは始末に終えねえよなあ!
なぁ、お前もそう思うだろ―――・・?」
明朗玲瓏、如何にも愉しげな若い男の声。
これで、この声に甘さが加われば、頬を染めない女などいないのかも知れない。
そんな極上の声をただ一人、惜しげもなく傍近くに聴きながら、けど俺の頬が赤いのは断じてそんな理由なんかじゃない!
もはや幾度目か、手慰みに弄られる度、ぷにぷにと我ながら良い質感をかもし出す頬を抓んだ彼の人の指を振り払い。
「ああまったくそう思うさっ。今現在、酒癖の悪い酔っ払いに絡まれてる真っ最中の身としてはねぇ・・ッ!」
心持ちヤケクソ気味に、きしり、呻く。
自分の暢気な声では難しいかもしれない、けれど出来得る限り友好度を削ぎ落として発したその台詞に、傍らの彼はけろりと首を傾げた後、一転、―――ワザとらしいまでの――真顔と成り。
「あ?誰だそれ?
けしからん!そのような狼藉者、この俺が叩き出してくれよう!
さあ、何処だ!!」
尚武の家に生まれた事に恥じぬ真剣な相貌、真摯な声。
の、はず、なの、に・・・
その瞳の変わらない愉しげな光はなんだッ!?
「・・・うッだーもうあんただよアンタっ!こぉの酔っ払いがぁああ――――ッ!
絡むんなら俺じゃなくてッ!ほらっ、芸妓の綺麗な女の人とか、くっつく側もくっつかれる側ももっと喜びそうな 相手にしろよ!?」
―――――魂の叫び。
清廉な大気に解き放たれた言の葉に、言ってる内容は我ながらよくわかんないけど、とりあえずそんな感慨がふと脳裏に浮かんだ。
続けざま、それに心中で頷く。うん、俺叫んでる。腹と魂の底から。
まあ、だからと言ってどうしたってことも無いんだけどさこの世の中。
非力な、ましてや無力な俺の言霊なんかで微かでも変えられる世界や此の人なもんか。
それでも、俺は幾度か深呼吸か溜息かぎりぎり区別のつかない生命維持運動をして、なんとか声と心を整えた。
だって無力なのは元から知っている。彼のある種の性格の良さもまた元から知っている。
・・・うん、大丈夫だよ、俺。まだいけるぞ、俺。たぶん。きっと。ひょっとしたら若しかしたらあわよくば。
「かんべんしてよ如何しろってんだよぉ・・・。」
しかし直後、自制する間もなく儚くもあっさりぽそりと零れた自分の声に、端からなんとなく後ろ向きな自分への鼓舞もまったく亡きものになってしまったが。
目の前の彼には完璧に聞こえてしまう程度の声量。でもまあ、この際いいや。いやむしろ聞いて。俺のこの困りきった声!!さっきのが魂の叫びなら今のは魂の呟きか。
酒臭さから逃れてきた筈なのに、なんでこんな火種近づけたら引火しそうなほどの酒精を纏っている人間の相手をしなきゃならないんだ?くらくら眩暈がするのは決して酒の香りの所為だけじゃない。
・・・嗚呼、つい先刻までの、静かにぼーっと雪と満月を愛でつつ時たまクシャミ連発していた自分が心底羨ましいなぁこんちくしょー。
「非道ぇな、おい。この俺がその綺麗なお姉さん達の誘いを断ってまでお前にかまってやってるっていうのに?お前は嬉しくない、と?」
そして、やはり俺の困りっぷりを至極正しく理解しながら、しかして毛先ほども意に介さず戯言ともつかない言を唇に乗せる彼。
むにむにむにむに。
さり気に一言一言、言い聞かせる様にほっぺた揉むのやめて下さい。
つか、本気で何がしたいんだあんた。
「まっふぁくもっへうれひくないッ!!っだから頬ひっぱんなってば!!
・・ッあーもう俺帰るッ!いい加減さっぶいしこれ以上頬っぺた伸ばされちゃたまんないしっ!
っ、あんたも、いい加減宴席にでも部屋にでも帰れ!そんで、その、・・・っイカレタ格好どうにかしろよッ!?」
一方的に言い喚いて、ついに俺は勢いよく濡れ縁から立ち上がった。
今居る、この離れから一番遠い正殿の方角には、まだ煌々と明かりが煌いている。風に乗って聞こえてくるざわめきや囃子からして、まだまだ宴は絶好調だろう。
――――――・・・赤染本家の継嗣誕生祝とはいえ、よくやることだ。
「―――――・・・うぅっ、薄情な子に育って・・・兄上は悲しいよ。」
せっかく、手塩に掛けてやったのに。
沈思。灯火の明に、しばらく立ち竦んだのがいけなかった。
せっかく立ち上がった俺は、再び足元の酔っ払い―――五つほど年の離れた異母兄の笑い声に掴まってしまった。
くつくつと、愉しげな。俺の足を掴むまでもなく、彼の人は俺の足を止める。
視線を彼に移せば尚の事。なにせ奇矯な言葉さえ発しなければ、その様は微醺の佳人そのものなのだ。そのイカレタ格好すら、その様を引き立てるような。
そう、イカレタ格好――――――・・
今の今まで意図的にそらしてきた視線も、も う 限 界 か 。
俺の心情など知らぬげに―――いや、知っていようと彼の在り様は変わらないだろうが――――、持参した杯の酒を一息に飲み下す異母兄の姿に、俺は確実に頭痛が増すのをおぼえた。
―――――泰然と座したままの彼を見下ろせば、目には先ず鮮やかな赤が広がる。
華の乱るる、それは異母兄の羽織った打ち掛けの赤。
明らかな女物。いくら無礼講の席でも、彼でなければ許されない格好だっただろう。逆に言えば、彼ならば許される。
それがここまで似つかわしく在ってしまえば。
瞳が合った。視線すら捕らえられる。常に愉しげな灯の燈る漆黒の瞳。白い首筋に流れる黒髪は、結えもしないほど短く。
赤髪赤瞳を顕す鬼殺しの一族、それは異彩の赤染家においてありえぬはずの色。
纏う奇矯な衣の赤は、だけどそれに負い目を持っての事、なんて殊勝な理由なんかじゃ決してありえないんだろう。それだけは俺にだって分かる。
その纏う衣の、真の理由は到底俺には分からないけれど。
けれど。
とりあえず、密かに憧憬の的であった実の兄に女装が完膚なきまでに似合うっていう事実を認識させられた複雑な俺十代男子の心境はどうしてくれんの。
「なんで・・・っナニその格好・・・ッ!?」
目の前の現実の前についにがっくりと膝を付き、そして俺は再び兄の隣に引き戻され。
ああ、なんか俺もう泣きたい。すでに涙腺は準備万全だ。
「どうした弟よ。
何か悩みがあるなら兄上に話してごらん?・・・っくし!」
訂正。なんかもう涙もでねぇし。
と、背景に無駄に花咲かせるほど優美にタチ悪く微笑んだ兄が、唐突に気の抜けるくしゃみをした。
まあ、当たり前といや当たり前か。厳寒の今。雪は少し前にやんだばかり。
「っ!だから悩みの元はあんたなんだってば!
つか、こんな寒い中、着流しに打ち掛けなんて、そんな薄着でいたら寒いに決まってるだろ?い
くら酒漬けになってるつったってさあ!
大体、最初着てた衣装はどうしたんだよ!?」
いくらこの型破りな異母兄でも、一族の全てが集まる今宵の宴の席で、端からこんな格好ではなかったはずだが。
そんな俺の疑問に、ふと佳人は一際艶やかに唇を笑ませ――――しかし、それは珍しく苦笑でもあったが。
「あ゛ー、あれな。
いや、まあぶっちゃければここ来るちょっと前まで、賽子博打しててな?
しかもなんせ酒の席だし、な・ん・と!負けた奴が衣を一枚ずつ脱いでいくっていうオマケ付
き☆
ッはは、奴ら、運試しくらいしか俺に勝てないからってなあ!
で、残ったのが下の長衣、つーわけだ。上の小袖は流石に寒いだろう、って馴染みの芸妓に押し
付けられた。
悩みは晴れたか?」
「・・・・・・」
そんな、一息に爽やかに言い晴らされても。
しかし俺のその顔面および全身の硬直をどう解釈したか。
「ああ、大丈夫だ!相手は全員真っ裸にしてやったから!!」
いや、そんな付け足されあまつさえ胸を張られても。どおしろっていうんだ・・・!
「うぅう、大人って馬鹿ばっかりだ・・・。」
「希望を捨てるな若者。
中には立派な大人もいるんだぞ?俺みたいに。」
「あんたがその馬鹿筆頭だこのバカっ!!
ッ 俺の純情を返せ―――――ッ!!(意味不明)」
もう知らん!こんな兄!!
なんだか混乱と錯乱ののあまり末尾によく分からない上に取り返しのつかない台詞を吐いてしまったような気もしたが、今はそんな事をいちいち気にしている場合じゃないだろう。きっと。
とにかく、今度こそ、との気概をこめて勢いよく立ち上がり、俺は取り返しのつかない何かをも振り切ろうと、ひたすら此処ではない何処かへ向けて精一杯の速度(競歩)で逃走を図ったのだった。
■ ■ ■
「――――――っ、よし・・・、なんとか振り切ったか・・・!?
ああもう、なんで俺ってこんなついてないんだ?いや常日頃から実感痛感してるけど。
宴の席なんか大っ嫌いだけど、あの酔ってなんらかの威力倍増な兄上様の相手よりゃ数倍ましだ
ぜこんちくしょー!」
独り言、というには大きすぎる声量を撒き散らしながら歩くも、それが人に聞かれる心配はほと
んどないと分かっている。この馬鹿でかい屋敷では、離れ座敷と本殿までの距離は相当なものだ。
敷地内を複雑に行き交う渡り廊―――なんでも、本家の結界補助の一環らしい―――にも、人っ子一人見当たらない。警邏の者も篝火も此処からは遠い。冬の冴え冴えと清浄な寒気が体を刺す。人がほとんど本殿に集まっていることもあって、常以上に無人の空間が多いようだ。
「ちっ、無駄に広い造りしやがって・・・」
発したのは呟きというより、呻き。あー、心が荒んでいく・・・。
つーか、頬は未だに熱いしきっと赤いんだけどどうしようコレ。
きょろきょろと周囲を見回し、やはり人がいないことに微かに安堵する。いや、本家の人間なら、“色無し”の俺如きに声なんてかけたりしないか?精々胡乱気な目線と、雑役がこんな所でふらふらしてる事に軽い侮蔑を投げかけるだけで。
―――――大気が、白く濁った。知らず零れた溜息。
同時に、流石になんとなく歩みも緩まる。兄を残してきたあの場所から、三つほど角を曲がったあたりか。それでもまだ回廊は続き、本殿までは果てしなく見える。
温かみもない、迷いそうに広い、それでも此処が俺の生きる、生まれた、家。
無意識の心細さからか、どこからでも見失う術もない純白の月輪を振り仰いだとき、ふと、俺は奇妙な音を聞いた。
「・・・ん?日終鳥、か・・・?」
けたたましいほどではない、けれど意識すればはっきりと聴覚に障る、騒々しい鳴き声が澄んだ大気越しに聞こえる。
騒狂の方向に目を凝らすと、白い雪の上に溶け込むようにして白い小山が見えた。ああ、やはり日終鳥だ。
「・・・餌になりそうなもんなんて庭にあったっけ?
それとも、酔っ払いが凍死したとか・・・?」
日終鳥は腐肉を喰らう鳥だ。
自分で言ってあまりにもありえなそうな、それでも不吉な想像に慌てて首を振る。
履物なんて近くに無い。少しためらったが、それでも俺は結局そのまま裸足でその小山に近付いていった。
白い雪が、無数の針か極細の刃の様な痛みで足を刺す。
それでも、一歩、一歩。
「―――――・・おーい。
生きてるー?」
人里に住む日終鳥は人が近づいたくらいじゃ逃げない。人に慣れた奴等は生意気なことに威嚇さえしてくるのだ。そして、こいつらも例外ではないらしい。
威嚇こそしなかったが、人の気配に飛び立つことすらしなかった。あるいは、俺のことなど眼中にも無かったのかもしれない。
畜生風情に侮られたことは情けない上に腹立たしいことだが、それ以上に俺は奴らのその狂ったような様子にただ呑まれてしまった。
人の気配とも篝火とも遠く離れ、ただ寒々しく月光が照らし出す処女雪の上。
静謐を歪ませる生の熱。
白い鳥達は本能、と呼ぶのに相応しい勢いで獲物を貪っていたのだ。
( これじゃ、死んでるかな・・・)
でもまあ、餌食になっているのは一応人ではないみたいだし、と一度とりあえず頷いてみる。足は未だに踏み出せないまま、その言い訳に。
真白い下から覗くのは目に映える鮮赤、汚れた毛皮。
眉を微かにひそめて、履物を履いて出直してこようと思ったその時―――
視界の端で、灰色がかった毛玉がピクリと動いた。
「っえ、生きてる・・!?」
白い羽の隙間から見えたのは狐の親子。たぶん母狐に、子狐が二匹。
いずれも赤く染まっているが、いまならその灰色の子狐くらいなら救えるかもしれない。
「くそっ!」
裸足のまま駆け寄る。あと五歩もすれば白い鳥を蹴散らせる、という所で―――
「あーかーねっ」
紅 の衣にからめとられた。
「ッ!!・・・」
「どーしたんだ?裸足で。
下手すりゃ凍傷もんだぞー?」
けらけら笑いながらも、容易に足を踏み出せないほど強い力で後ろから引き止めているのは、先ほど置き去りにしたはずの異母兄だった。
「ちょっと・・・それどころじゃないんだよっ、今は!」
ああ、なんて時宜の悪い兄なんだろう!
頭をかかえる事もできず、体をよじる。それでも、赤い衣は俺を絡み取ったまま。赤が。赤が。
月光の下、目の前の雪を染める赤と、同じ色の赤が!
「だーから、一体なにがあったってんだ?」
軽い声、その中に常に在る平静さが、今の俺には疎ましくまた理解できず。だってそうだろう?平静さがあるなら俺の目の前の物にも気づいているはずだ!
違和感
「ッ!あーもう、あそこっ!日終鳥が集まってる所あるだろ!?
まだ生きてる子狐がいるんだ!早くしないと一緒くたに喰われちまう!!」
を、形にできぬまま叫んだ俺の言葉に、異母兄は瞳をしばたかせ―――・・
「それでいいんだぞ?
茜。」
(・・・・え?)
必死な俺の叫びにごく普通に答えた兄の声は、明らかに笑みを含んだものだった。
愉しげな色に思わず振り向いた俺が見たのは、いつもの淡く鮮やかな微笑。
かわらない、微笑。
「白也・・兄・・・?」
目を見開いた俺に、まさしく出来の悪い弟を諭す慈悲深き賢兄の様相で、告げる。
「他人の宴に手ぇだすほど、無粋じゃねぇだろ?」
「うた、げ・・・?」
これが?
騒狂。鳥の羽撃たき。遠い楽の音。灯火が遠い。
鮮赤。
頭が働かないままのオレを気にせず―――――というよりまるで無視して、不吉たる“白”を名に持つ異母兄は至極当たり前といった風に言葉を続けた。
「皆でご馳走食って、騒いで、狂気を共有する。
なにがおかしい?」
雪の中、赤い衣、赤い染み。狂喜に舞う白い羽根を前にして。
そんなの、答えられるわけがない。とくに今の状態の俺では。
そしてそんな俺をまったく気にせず、背後の赤の衣の男は続ける。俺を抱き留めた、衣の赤と手の白さ。
「なあ、宴ってのは、どんなときに開くか知ってるか?」
問いは唐突、声は穏やか。その穏やかさにだけ縋って、俺は働かない頭と動かない口でぎこちなく応えてみた。
「・・・めでたいとき、とか?」
「そのめでたいときってのは何時だ?」
続け様。心底から応えを引き出されていく感覚。逆らうことも考え付かず、吐息に乗せて声を吐き出す。
「例えば・・・」
今宵の宴。“赤染”を継ぐ者の生誕を祝して開かれた。
「――――――誰かが生まれた時?」
ぽつり。
冷えて清浄さを錯覚させる厳冬の空気に、意外なほど俺の声は響いて思えた。
肩を竦めようとしても、俺を抱きしめる腕は確かに温かい。
「ふむ。
まあ正確には“何か”が生まれた時。
そして、それは“何か”が死んだ時でもある。」
眉を寄せた俺に、異母兄は『雨は空から降ってくるのだ』というのとまったく同じ様な調子で解答らしきものを口にした。
「“何か”が産まれたときは、“何か”が死ぬ。
“何か”が死ねば、“何か”が産まれる。
夜明けと夕暮れは同じ色。」
「・・・だ、から・・・っそれが、なんだって言うんだよ。
それがあの子狐を助けちゃなんないっていう理由にはならない。」
謡のように紡がれる言葉に引き込まれそうになるのを懸命に耐えて、ようやく俺は一言切り返した。
が、それも兄は軽く目を伏せて受け流す。
「あいつらはもう動かせない。
まあ聞け。宴は、開いたものがいなくたって続いていく。
終わるのは、血も肉も食い荒らして、集まった者達が虚脱感に支配されてから。
あいつらは、この宴の主催者の用意したそのとびきりのご馳走なんだよ。
主催者の意向を無視して宴に飛び入り参加なんて、誉められたもんじゃねえよな?」
「主催者?」
その言葉に、背後の異母兄は確かに笑った。唇の描く、無邪気というには艶やか過ぎる円弧まで目前にあるかのように思い描ける。
「――――――お前も良く知ってる奴さ。いや、知っていた奴か。
今夜、あの狐の親子と一匹の子狐は死んだ。
そしてお前の知らない誰かが生まれた。
なにかの生死はそのまま宴に直結する。
生人どもは死を食らう。死人どもは生人を食らう。獣は血に酔い、人は酒に酔い、されど人も畜
生のうち・・・
まあ、そんなところだ。」
くすり、微かな苦笑嘲笑自嘲、全てに取れる微笑。
酔ったようにくらくらとする頭で考える。
奇妙な謡。澄んだ声の不吉。触れる腕は温かく、けれどその赤さに怖気が走る。
何がなんだか、わからない・・・
ただ、ひとつ確かなこと。今までこの異母兄が間違ったことを言ったことは無かった。
きっと、戯れのような言葉も、抽象に過ぎる事象も、それはある事の真実を指している―――――でも、それが俺にはわからない。
たぶん、まだ。
「―――――・・お。宴も、仕舞いか。」
その言葉にハッと目を剥くと、すでに赤く染まった雪の上に生物の原型を残す肉片は残っていなかった。日終鳥共も、すでに一羽も残っていない。
残るのは、赤黒く微かに白い骨と、微妙に色の違う毛皮が二種。
「やれやれ。後片付けはやっぱ提案者の仕事か?」
そうぼやくと、異母兄はスルリと紅の打ち掛けを脱ぐと、赤く染まった雪の上に被せ掛けた。
パサッ、という軽い音と共に無残な遺骸―――――食い荒らされたご馳走とやらは視界から消える。
ただ、雪白の上に一際鮮やかな紅を残して。
「・・・『宴』で何が嫌だって、もう一つ。
宴の後の虚脱感。この寂しさはいただけねえなあ。
もっとも、それでも俺が宴が大っ好きなのに変わりはねえんだけどなー。」
首を振り振りそう零すと、異母兄は一つ伸びをしてこちらに向き直った。
「さて。じゃあな、弟。風邪と凍傷になる前に早く帰れよ。
次の宴は――――――・・すぐだぞ?」
微笑、そして微か、馨る香。
紅の衣を脱ぎ捨てた異母兄は、一つ人の頭を軽く撫ぜると、軽やかに俺の横をすり抜けていった。
■ ■ ■
不吉な予言が現実になるのは、この、すぐ先のこと・・・・
桜花も未だ咲かぬ、白に支配された季節に。
一際鮮やか、咲き染む業罪。
赤族の宴。
後に残るものは――――――――――・・・未だ、知らず。
■ 終 ■